2007年10月14日
Alice&∀lice。
こんばんは♪
寝込んでみました(熱でたー><
街角美人、さざんです。
気がつくと週が始まり、気がつくと週末。そして羽を休めつつ身辺を整えているうちに、また週はじめ。またたきの間にも感じる時間の経過のうちに、しっかりと自分を作れているのか、ちょっと心配。
さて、そんな心配もどこ吹く風。本日もインワールドは大盛況でございます♪
ブログをみていて気になっていた、Dreamin'g Aliceというお店に行ってきました^^
http://slurl.com/secondlife/Honmoku/123/166/26

こちら、「どるちん」さんというこれまたステキなお名前のオーナー様が展開する、猫系ファッションのお店。猫耳や猫の尻尾ではなく、猫ファッション。猫をイメージしたコートやcat eye、そのほかスキンなど幅広いラインナップ。独自のコダワリを感じずにはいられませんっ!@@
しかし、今回のあいさつ文的なことを考えてたさざんは、ちょっと沈み気味。目の前に現われたしょんぼりスペースに、しっぽりと収まってしまいました><

あんな大舞台で、「別に。。。」とか言わなければよかったー!>< と、さりげなく主張するおでこサングラス。
ふと気がつくと、そんなしょんぼりスペースにしっぽり収まるさざんのわきに、こんなステキなものが。

。。。!
とつぜんのしょんぼりにも効き目絶大! その名もFreeアイテム♪ なにも買っていないのにTシャツとフェイスライトをげっと♪ さざんの歩むべき道をそのライトで照らし出してー☆ と、ぐんぐん上がるテンションに乗じて、洋服の並ぶお店の2階へ^^
2階へ上がってすぐの壁には、こんなにかわいいコスチュームが^^

Alice。アリスのイメージカラー(?)にもなっているシックな青は、ちょっとしたパーティやイベントなどにも映えます^^
さてー、他にはどんなお洋服があるのかなー。。。?^^
。。。!

ちょ、ちょっとした事故をおこしちゃったっぽいAlice>< 雇われメイドのアリスさんは、この日もご主人様のお食事のために返り血を浴びながら何かをさばいているようです>< けなげー!><

そんなアリスさんのやる気マンマンの顔をみて、またしてもしょんぼりするさざんさん。
そして。

今日も泣いた。
寝込んでみました(熱でたー><
街角美人、さざんです。
気がつくと週が始まり、気がつくと週末。そして羽を休めつつ身辺を整えているうちに、また週はじめ。またたきの間にも感じる時間の経過のうちに、しっかりと自分を作れているのか、ちょっと心配。
さて、そんな心配もどこ吹く風。本日もインワールドは大盛況でございます♪
ブログをみていて気になっていた、Dreamin'g Aliceというお店に行ってきました^^
http://slurl.com/secondlife/Honmoku/123/166/26

こちら、「どるちん」さんというこれまたステキなお名前のオーナー様が展開する、猫系ファッションのお店。猫耳や猫の尻尾ではなく、猫ファッション。猫をイメージしたコートやcat eye、そのほかスキンなど幅広いラインナップ。独自のコダワリを感じずにはいられませんっ!@@
しかし、今回のあいさつ文的なことを考えてたさざんは、ちょっと沈み気味。目の前に現われたしょんぼりスペースに、しっぽりと収まってしまいました><

あんな大舞台で、「別に。。。」とか言わなければよかったー!>< と、さりげなく主張するおでこサングラス。
ふと気がつくと、そんなしょんぼりスペースにしっぽり収まるさざんのわきに、こんなステキなものが。

。。。!
とつぜんのしょんぼりにも効き目絶大! その名もFreeアイテム♪ なにも買っていないのにTシャツとフェイスライトをげっと♪ さざんの歩むべき道をそのライトで照らし出してー☆ と、ぐんぐん上がるテンションに乗じて、洋服の並ぶお店の2階へ^^
2階へ上がってすぐの壁には、こんなにかわいいコスチュームが^^

Alice。アリスのイメージカラー(?)にもなっているシックな青は、ちょっとしたパーティやイベントなどにも映えます^^
さてー、他にはどんなお洋服があるのかなー。。。?^^
。。。!

ちょ、ちょっとした事故をおこしちゃったっぽいAlice>< 雇われメイドのアリスさんは、この日もご主人様のお食事のために返り血を浴びながら何かをさばいているようです>< けなげー!><

そんなアリスさんのやる気マンマンの顔をみて、またしてもしょんぼりするさざんさん。
そして。

今日も泣いた。
2007年10月14日
日はまた昇るんだよ。
こんばんは♪
誰もが通る、幼年期。肉体的に子供である時期のこと、また精神的に子供である時期こと。もしくはその両方を指して、幼年期と表現したりします。
ヘミングウェイの不朽の名作、「日はまた昇る」は、ロスト・ジェネレーション(自堕落な世代)と表現されるある世代の若者たちを、生き生きと、また生々しく、そして血生臭く書き上げています。
禁酒法時代のアメリカで育ち、祖国への愛国心もないままそこを去り、彼らはパリでその日を生きています。
目的のないひがな一日。虚無感を感じつつも、混沌と秩序の入り乱れる世界で、目前の享楽に身を落とす。20世紀初頭を舞台にした小説でありながら、さざんはこれが21世紀を迎えた現代社会に生きる若者たち、我々となんら変わらないのではないかと感じました。

もちろん、生活をするために仕事もするし、明日のために勉強もする。身を立てるために対外的に行動もする。世界という社会の仕組みがかわっているから、行動も多少は違えど、気持ちのあり方はいつの時代の若者も同じなのかなと思いました。
希望、夢、目標。
すべての人が、それをもとに行動する社会なんて、そんな気持ちのわるいものはありません。心のどこかに、いくらかそのかけらがあるだけで、いい気がします。
さて、そのかけら。
今、そのかけらさえも心に見つけることが難しい、そんな社会だったりします。競争原理で成り立つ社会ながら、学校ではそれを教育から排除し、負けることの大切さを理解させない。負けることがないから、勝つことの必要性、重大さを感じない。負けることがないから、負ける世界が「一般社会」であることを理解しない。理解できない。それによって見つけることのできる自分の居場所を、発見できない。そんな社会だから、希望のかけらを持つことができない。
衝動的に行動する。衝動にかられたままの言動。明日を見据えない、心。それは、自分の居場所が見当たらないから。自分というアバターが、この世界に存在していることを俯瞰から見ることができていないから。
そんな現代のロスト・ジェネレーションが、自分を再確認できる世界。小さくも無限が存在する世界、セカンドライフ。
セカンドライフは、自分という存在を視覚的に把握することができ、また行動することができます。形式的にも、自分を発見するのにちょうどいいツールです。自分が、世界の一端を担っている実感をもてる、すばらしいツールです。
さざんは、現実世界にある人格と、セカンドライフ内にあるアバターを構成する人格は、基本的に同じと思っています。たとえば、現実世界で普段あまり人と会話をすることの少ない人は、インワールドでも同じく、口数がすくないのではと思います。明るい性格の人は、インワールドでも明るく立ち回り、説教じみた言動の人は、同じく煙たがられる気がします。
いい意味で、ペルソナはひとつであると考えるからです。
その「自分」を、セカンドライフというツールを使い視覚的にみることのみで、希望や夢をみつけることができるのでしょうか。
答えは、「ノー」だと思います。
インワールドは、良くも悪くも、現実世界を模した仮想空間です。やりたいことのみをすることのできる、ある種の桃源郷です。ここでできるのは、ヘミングウェイが描いたロスト・ジェネレーションと呼ばれた若者たちの歩んだ道のりを、追体験することのみです。
1900年代のロスト・ジェネレーションの生き方を、現代のロスト・ジェネレーションが追体験する。
インワールドという、やりたいことのみをすることのできる世界で、「目的のないひがな一日。虚無感を感じつつも、混沌と秩序の入り乱れる世界で、目前の享楽に身を落とす。」ことを追体験する。この経験を経る事こそが、いつしか心のどこかに希望のかけらをみつけるための、もっとも大切なことのように思います。
遊ぶこと。楽しむこと。喜ぶこと。笑うこと。泣くこと。怒ること。ふてくされること。たくさんの感情をあらわにして、たくさんの感情をあらわにされて、混沌と秩序は表裏一体であり隣人であることを理解する。感じる。

↑たくさんの「感情」という鍵盤を叩いて。
そんな人生経験を、身近に、気軽に体験することのできる、セカンドライフ。
誰かは言いました。
「セカンドライフは明るい未来を作るために神様がくれた第二の地球だね。」
現実世界の自分が経験する世界と、仮想空間にある自分が経験する世界。いままでできた人生の2倍もの人生を歩むことのできる現代のロスト・ジェネレーションたち。さざんたち。
ジェイクとブレッド、そしてビル、コーン、マイク。彼らの感じた情熱と血のにおいは、いまのセカンドライフの世界そのまま。彼らのこれからが光のあふれる世界であってほしいという希望と同じだけ、さざんたちの未来も、そうあってほしいとおもう。
もうちょっとだけ、「希望や夢、目標」なんて格好のいいものじゃなくていいから、明日の悦びを祈ることのできる自分になりたい。たくさんの経験から、すなおにそう思える自分に、なっていきたい。
ヘミングウェイって、えらいなあ。なーんにも考えていないさざんに、ちょっとだけ考えることをさせるんだもの。オトナになるって、こういうことなのかな。
さあ、フィエスタの始まりです。
誰もが通る、幼年期。肉体的に子供である時期のこと、また精神的に子供である時期こと。もしくはその両方を指して、幼年期と表現したりします。
ヘミングウェイの不朽の名作、「日はまた昇る」は、ロスト・ジェネレーション(自堕落な世代)と表現されるある世代の若者たちを、生き生きと、また生々しく、そして血生臭く書き上げています。
禁酒法時代のアメリカで育ち、祖国への愛国心もないままそこを去り、彼らはパリでその日を生きています。
目的のないひがな一日。虚無感を感じつつも、混沌と秩序の入り乱れる世界で、目前の享楽に身を落とす。20世紀初頭を舞台にした小説でありながら、さざんはこれが21世紀を迎えた現代社会に生きる若者たち、我々となんら変わらないのではないかと感じました。

もちろん、生活をするために仕事もするし、明日のために勉強もする。身を立てるために対外的に行動もする。世界という社会の仕組みがかわっているから、行動も多少は違えど、気持ちのあり方はいつの時代の若者も同じなのかなと思いました。
希望、夢、目標。
すべての人が、それをもとに行動する社会なんて、そんな気持ちのわるいものはありません。心のどこかに、いくらかそのかけらがあるだけで、いい気がします。
さて、そのかけら。
今、そのかけらさえも心に見つけることが難しい、そんな社会だったりします。競争原理で成り立つ社会ながら、学校ではそれを教育から排除し、負けることの大切さを理解させない。負けることがないから、勝つことの必要性、重大さを感じない。負けることがないから、負ける世界が「一般社会」であることを理解しない。理解できない。それによって見つけることのできる自分の居場所を、発見できない。そんな社会だから、希望のかけらを持つことができない。
衝動的に行動する。衝動にかられたままの言動。明日を見据えない、心。それは、自分の居場所が見当たらないから。自分というアバターが、この世界に存在していることを俯瞰から見ることができていないから。
そんな現代のロスト・ジェネレーションが、自分を再確認できる世界。小さくも無限が存在する世界、セカンドライフ。
セカンドライフは、自分という存在を視覚的に把握することができ、また行動することができます。形式的にも、自分を発見するのにちょうどいいツールです。自分が、世界の一端を担っている実感をもてる、すばらしいツールです。
さざんは、現実世界にある人格と、セカンドライフ内にあるアバターを構成する人格は、基本的に同じと思っています。たとえば、現実世界で普段あまり人と会話をすることの少ない人は、インワールドでも同じく、口数がすくないのではと思います。明るい性格の人は、インワールドでも明るく立ち回り、説教じみた言動の人は、同じく煙たがられる気がします。
いい意味で、ペルソナはひとつであると考えるからです。
その「自分」を、セカンドライフというツールを使い視覚的にみることのみで、希望や夢をみつけることができるのでしょうか。
答えは、「ノー」だと思います。
インワールドは、良くも悪くも、現実世界を模した仮想空間です。やりたいことのみをすることのできる、ある種の桃源郷です。ここでできるのは、ヘミングウェイが描いたロスト・ジェネレーションと呼ばれた若者たちの歩んだ道のりを、追体験することのみです。
1900年代のロスト・ジェネレーションの生き方を、現代のロスト・ジェネレーションが追体験する。
インワールドという、やりたいことのみをすることのできる世界で、「目的のないひがな一日。虚無感を感じつつも、混沌と秩序の入り乱れる世界で、目前の享楽に身を落とす。」ことを追体験する。この経験を経る事こそが、いつしか心のどこかに希望のかけらをみつけるための、もっとも大切なことのように思います。
遊ぶこと。楽しむこと。喜ぶこと。笑うこと。泣くこと。怒ること。ふてくされること。たくさんの感情をあらわにして、たくさんの感情をあらわにされて、混沌と秩序は表裏一体であり隣人であることを理解する。感じる。

↑たくさんの「感情」という鍵盤を叩いて。
そんな人生経験を、身近に、気軽に体験することのできる、セカンドライフ。
誰かは言いました。
「セカンドライフは明るい未来を作るために神様がくれた第二の地球だね。」
現実世界の自分が経験する世界と、仮想空間にある自分が経験する世界。いままでできた人生の2倍もの人生を歩むことのできる現代のロスト・ジェネレーションたち。さざんたち。
ジェイクとブレッド、そしてビル、コーン、マイク。彼らの感じた情熱と血のにおいは、いまのセカンドライフの世界そのまま。彼らのこれからが光のあふれる世界であってほしいという希望と同じだけ、さざんたちの未来も、そうあってほしいとおもう。
もうちょっとだけ、「希望や夢、目標」なんて格好のいいものじゃなくていいから、明日の悦びを祈ることのできる自分になりたい。たくさんの経験から、すなおにそう思える自分に、なっていきたい。
ヘミングウェイって、えらいなあ。なーんにも考えていないさざんに、ちょっとだけ考えることをさせるんだもの。オトナになるって、こういうことなのかな。
さあ、フィエスタの始まりです。


